「君に、その大学を受験する意思があるというのなら別だが、そもそも君は、大学受験のために唐渓に入学したワケじゃない。もちろん金持ち連中に媚を売ろうとしたワケでもない。だったら、唐渓へ通うのは無意味だし、学校側が勧める進路だって、君の意思には添ってはいない。もっとも」
そこで右の人差し指を唇へ当てる。
「心に秘めた夢やら希望とやらがあると言うのなら、話は別だ。僕や聡の知らない、極秘に進みたい進路があるというのなら、唐渓へ通う意味もある。どうだ?」
「ど、どうって?」
「君には、進みたい進路があるのか?」
進みたい進路?
「前にも聞いたが、君は教えてはくれなかった」
「それは、私の進路は私の問題だから、だからなにも瑠駆真に教える必要は」
「君の進む道は、僕の進む道だ」
それは前にも聞いた。
「君に希望する進路があると言うのなら、是非聞きたい」
「教えるつもりは無い」
「と言うことは、希望する進路でもあると言うことなのか?」
「そんな事を言ったつもりはない」
ふふっと、華のような笑みが漏れる。
「ひっかからないね」
「そういっつもいっつも、アンタの口車にひっかかるほどバカじゃない」
「そっか。じゃあこっちも、手を変えないとね」
マジですか。
美鶴は本気で動揺する。
瑠駆真は頭がいい。彼が本気で相手を陥れようとすれば、美鶴なんて簡単にハメられてしまうような気がする。
「僕は君のことが好きだ。好きな君を陥れたり騙したりなんて事はしたくはない。でも、君の傍を離れたくもない」
風も無いのに、その髪の毛がサラリと揺れた。背筋を伸ばした姿は、背丈はあるがそれほど逞しくはないので、迫力といったものは感じない。だが、気品はある。
凛とした、澄んだ風鈴のような涼やかさと、漆黒の空に瞬く星のような煌きと、誰もいなくなった海岸に寄せては返す、静かな波のような穏やかさと。
どれもこれもが極上で、優美で、壮大で、とても美鶴には敵わない。
「君を離したくはない。君の横を確保するためならば、僕は何でもする」
「何でも?」
「君の進路など、どうやってでも見つけてみせる」
「ど、どうやってでも、って」
戸惑う相手に、瑠駆真はニッコリと笑う。
「こちらには、強力なサポーターがいるんでね」
「サポーター?」
「君のお母さん」
「はぁ?」
「彼女は、どちらかというと君よりも僕に協力してくれると思うんだ」
自信ありげな瑠駆真の笑顔。美鶴はとても否定できない。
アレは、たぶん、いや絶対に、私よりも瑠駆真を取る。あの女はそういう奴だ。
脳裏で、ベッタリとファンデーションを塗りたくった頬が笑う。真っ赤な唇をニンマリと歪ませ、ヒラヒラと右手を振ってケラケラと笑う。
娘よりも美少年を取るかっ!
罵倒する美鶴の脳内までは透視できないだろうが、何を考えているのかはだいたい想像できる。
「おばさんを恨むなよ。君が思っている以上に、君を心配してくれている」
「大きなお世話よっ」
「こんな事を言いたくはないが、君は人を見る目があるとは言えないね。心配してくれている人を煩わしく思い、陥れようとしてくる相手に恋焦がれている」
「霞流さんは、陥れようとなんてしていない」
「噂を広めたのが何よりの証拠」
「あ、あれはっ」
美鶴は頭をフル回転させる。瑠駆真になんて、言い負かされるワケにはいかない。
「あれは、霞流さんじゃない。噂を広めたのは女の子だ」
そうだ、霞流はそう言った。直接噂を広めたのは女だと。
「女の子?」
瑠駆真の表情が少しだけ強張る。
「女? 誰?」
「知らない。でも、面白い人だって言ってた」
「面白い人?」
「知りたかったら、自分で調べろって言ってた」
「で? 調べたの?」
「調べてない」
「なんで?」
「そ」
そんな時間、ありませんでした。ってか、すっかり忘れてたよ。
「今回の噂の件、霞流さんにどんな意図があったのかは知らないけれど」
いや、だいたいわかるけど。
「その女の子の存在が無ければ、噂が広まる事はなかったはずだ」
「絶対に?」
「だと、思う」
口ごもる相手に思わず笑い、だが心内では瞳を細める。
女の子。
調べろという事は、調べればわかるという事なのだろうか? 誰だ? 唐渓の生徒か?
噂が広まれば、唐渓での美鶴の立場が不利になるのは目に見えている。それを目的として広めたというのならば、相手は、美鶴を善くは思わない人物だ。
唐渓で、美鶴の事を毛嫌いする存在。
多すぎて特定できやしない。
苦笑する瑠駆真の脳裏に、スッと少女の声が響く。
「大迫美鶴は危険です。先輩は、彼女に騙されています」
まさか、彼女が?
「彼女は、霞流邸でも同じような手を使っているから」
霞流という家と、何か繋がりがあるような言い草だった。
「噂を流したという女、ひょっとしたら、金本緩かもしれない」
「金本緩?」
「聡の義妹」
「それは知ってる。でもどうして彼女が?」
「彼女、霞流の家と何か繋がりがあるらしいんだ」
「あぁ、それは」
思わず口走りそうになり、慌てて口を閉じる。だが、そんな態度を瑠駆真が見逃すワケはない。
「何?」
誤魔化すなんて芸当、君にはできないよ。
そんな言葉が聞こえてきそうな余裕を湛えた視線。
癪に障る。
「知りたかったら、自分で調べれば」
強がりともとれそうな相手の態度に瑠駆真はやや面食らう。
可愛くないなぁ。いや、むしろこういうところが可愛いと言うべきか。
美鶴が聞いたら顔を真っ赤にしそうだとは思いながらも、胸の内に温かいものを感じる。
美鶴と一緒にラテフィルへ行ったら、そうしたら、毎日こんな会話を交わして楽しく過ごす事ができるのだろうか。
なんとしても、美鶴をラテフィルへ連れて行きたい。
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